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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)12396号 判決 1965年9月27日

理由

被告が原告主張の本件手形を振出したこと、本件手形に原告主張のとおりの第一、第二裏書(いずれも白地式裏書)の記載があることは当事者間に争いがなく、原告が本件手形として提出した甲第一号証の一によると本件手形の受取人として右第一裏書人である訴外東洋開発興業株式会社の名が記載してあることが認められるので、受取人から原告に至るまで連続した裏書があり、なお第三者の作成名義にかかりその体裁と合わせていずれも真正に成立したものと認める右同号証中の第三、第四裏書の各記載とその抹消の記載とからすれば、本件手形が原告からその主張のとおり順次訴外人らに裏書譲渡された後原告がこれを買戻し再び原告の所持に帰したものであることが認められるから、原告は本件手形の権利を行使すべき形式的な資格を有することは明らかである。

そこで被告の主張について考察するに、原告が本件手形を訴外秋山伏伯から交付されたものであることは当事者間に争いがなく、《証拠》によると、本件手形が振出され原告に交付されるに至つた経過およびその後の事情は次のとおりであることが認められる。

即ち、本件手形は他四通の手形とともに被告が割引依頼の目的で振出したもので、訴外東洋開発興業株式会社の森某の紹介により被告から訴外三重野陽三郎に割引依頼のため交付され(受取人を同訴外会社とし、同会社の第一裏書を経たのは割引に都合のよいように商業手形の外観を装うため紹介者の森に依頼し同会社の裏書を得たものである。)更に訴外三重野から訴外田村福美に、同人から訴外秋山伏伯こと朴岩伊に順次割引依頼のため交付された。しかして訴外秋山は訴外田村から本件手形の割引を依頼されたので、同訴外人を伴つて原告の代表者に会い本件手形および他の一通の手形(金額合計一〇〇万円)を他で割引いてくれるよう原告の代表者に依頼し、即日割引が出来なければ返してほしいと念を押してこれらの手形を原告の代表者に交付した。原告の代表者は即日これらの手形の割引ができるといつて手形を持ち去つたが間もなく同日は割引ができないから暫らく待つてほしいと返答し、その後訴外秋山の返還請求を受けて他の一通の手形を返還したが、本件手形は訴外田村および訴外秋山らからしばしば返還してほしいと督促があつたに拘らずその返還をしない。

以上の事実が認められ、原告代表者本人尋問(第一、第二回)の結果のうちこの認定に反する部分は前記各証拠に照して容易に信用することはできない。

尤も《証拠》によれば、原告は訴外秋山伏伯に対し自己振出の手形により八一万五、〇〇〇円を融通し同訴外人から手形三通合計八一万五、〇〇〇円をその担保として受取つていたが、原告が本件手形を受取つた当時すでにこれらの担保手形が不渡になつていたこと、原告は本件手形を受取つて一週間位後の昭和三九年八月二五日前記本件手形外一通の手形を受取つたことを理由にこれらの担保手形を訴外秋山伏伯の息子陽一郎に手渡し同人を介して同訴外人に返還したことが認められるので、これらの事実からみると、原告が訴外秋山から前記貸金債権の弁済の担保として本件手形を受取つたという原告の主張は一見真実に見えそうである。

しかしながら、《証拠》によると、原告が前記担保手形を手渡した相手の秋山陽一郎は当時一六才の少年であつたことが認められ、また同人が右担保手形の証として原告に交付した甲第七号証はその体裁および記載内容からしていかにも原告の指示のままにいや応なしに書かされた形跡が窺われるのであつて、これらの点からみると、原告は本件手形を割引依頼のために預りながら、後に訴外秋山に対する貸金債権の担保としてこれを取得しようと企図し、実質的に無価値に帰した前記担保手形を事情を知らない秋山陽一郎に手渡し、甲第七号証の受領書を徴求して後日の証拠としたものと解するのが自然であるから、原告が訴外秋山に対して前記貸金債権を有し、その担保手形を返還したという前記事実によつては前述の認定を動かすに足りない。

他には前述の認定を動かす証拠はない。

そうだとすると、原告は本件手形を割引のために預つているに過ぎないものであつて、本件手形の実質的な権利者ではないというべきであるから、被告が原告に対し本件手形により債務を負ういわれはない。

よつて、原告の請求は理由がないのでこれを棄却。

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